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楽観日記
2008/05/13
コメダ DE デート
生きる!技術
119 〜悪しき老舗の驕り
118 〜ギャップを増やせ!
117 〜簡単な存在証明
116 〜間違った教え
115 〜生き急ぐ空しさ
114 〜柿畑四十郎
113 〜リセットはしない
112 〜大好きの本当!
111 〜戦え!3つの政党
110 〜勝機を逸するケチ
109 〜癇に障る
108 〜目線を揃えろ!
107 〜毎日の延長線上
106 〜Living cool
105 〜捨てて流す
104 〜ウルトラの系図
103 〜紺屋の白袴
102 〜だから、今やる2
101 〜だから、今やる
100 〜儲かる床屋
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【砂金の人々】のコーナーでは、
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等に
ご契約いただいている方々をご紹介いたします。自身も気づいていない隠れた本質を掘り起こします!
第33号 〜村田佑介さん
【21歳の一念発起】 2008年4月15日取材 (京都府京都市)
第32号 〜花岡美和さん
【想像がつかないことは起こり得ない】 2008年3月24日取材 (長野県諏訪市)
第31号 〜末次孝さん
【すべては生きている証の1つ】 2008年2月10日取材 (兵庫県川西市)
第30号 〜田原正史さん
【人としての命の源泉】 2008年1月18日取材 (岐阜県岐阜市)
第29号 〜村田嘉奈子さん
【今の当たり前に感謝する】 2007年12月03日取材 (三重県亀山市)
第28号 〜遠藤浩一さん
【今しか考えない】 2007年11月08日取材 (青森県三戸郡)
第27号 〜原早公子さん
【ただ目指すということ】 2007年10月16日取材 (北海道札幌市)
第26号 〜水野生惠さん
【身の丈未満の幸せ】 2007年9月13日取材 (愛知県名古屋市)
メルマガの発行を1000日間ぶっ続けました。そのとき生惠は思いました。別にそれがそんなに立派なことじゃない、ってね。ららら〜♪確実に専業主婦だった生惠は着実に「ら行」変格活用が好きでした。るるる〜♪アロマオイルをネットで販売し始めました。なんだかんだ工夫を凝らすうちになんと月商が100万円を超えました♪でも、強い意志ではありません。やらせていただいているんです。
第25号 〜富田信介さん
【変わる常識と変わらない良識】 2007年8月22日取材 (岐阜県岐阜市)
理系で英語がペラペラなトミーです。トミーは、本当にいい人です。だって、私に2回もランチをおごってくれたもん。あ、お話は変わりますが、会社を興してから20年間、一度も前年の売上げを割ったことがありません。また、その20年間に寿退社を除いて自主的に会社を辞めた社員は0です。本当に素晴らしいです!商売も人付き合いも長続きが肝心です!だから、一時的な利益を追いません。
第24号 〜白崎健司さん
【だれにも媚びず、時代に合わせる】 2007年7月23日取材 (福井県福井市)
生さば寿司、最高ッ!生さば寿司という言葉を作ったのは、この健ちゃんです。福井のお店まで行きましたが、すっげぇ美味かった!さばもアジもサーモンも。押し寿司をネットで売り出すと只今、大成功中です。それは、健ちゃんが決して職人じゃないからです。職人は絶対に味を変えません。が、健ちゃんは時代に合わせます。平安時代の味が平成でも通用する訳ではありません。超・職人!
第23号 〜毛利弥江さん
【扉の向こうの幸運の女神】 2007年6月12日取材 (大阪府東住吉区)
なんと2回目の登場です。前回のお話を読んでお分かりの通り、本当に悲惨な幼少期でした。だから、弥江さんはお金しか信用できない人間になったんです。モーレツに稼ぎました!でも、なんだか空しくなりました。そう、稼げば稼ぐほど空しいんです。お金を追いかけることを止めました。そして、我欲を捨てました。我欲が強いと掴みに行く人生になります。幸運の女神は、やって来るものです。
第22号 〜安藤公一さん
【紙に書かずに頭に描け!】 2007年5月16日取材 (岐阜県瑞穂市)
ザ・とび!です。安藤さんは、中学を出るといくつもの職を転々としました。そう、なにをやっても続きません。なんでだろう?自分でも不思議でした。26歳のとき好きでもない「とび」で会社を設立しました。そして、現在は34歳です。8年間も続いています。また、毎年、増収増益です!なにをやっても続かなかったのが、今では多くの社員を抱える社長です。ちなみに、安藤さんは高所恐怖症です!
第21号 〜杉山弘道さん
【自分の中のダントツの自分】 2007年4月27日取材 (岐阜県岐阜市)
2004年8月1日から始めて、この日が丁度1000滴目でしたッ!とっても私は立派です。ってことで、3人で飲み会をしました。その他の2人もとりあえずこの4月に1000号を迎えた方たちです!15人のみなさんとワイワイやった写真を散りばめながら、今までの経緯と想いをザッと書きましたので軽く楽しめます!住民放送は歯磨きと同じで死ぬまで続ける。歯を磨かないと気持ち悪いでしょ。
第20号 〜岡田知行&摂子さん
【人間ね、動けばなんとでもなる】 2007年3月9日取材 (神奈川県横浜市)
実に素晴らしい夫婦です。まさに丹頂鶴のようです。でも、旦那さんは、とってもよく喋るので九官鳥かも知れません。この道一筋42年、独立して24年目です。内装関係のお仕事は、ほとんど元請け会社からいただくのが業界の常識です。でも、その常識を打ち破りました。自社サイトを立ち上げると一般の消費者から直に依頼をいただきました。脱下請け!です。動けばなんとでもなるもんです。
第19号 〜安藤博恵さん
【いい出会いのための条件】 2007年2月12日取材 (岐阜県岐阜市)
映画『俺たちに明日はない』のボニー&クライドのように、決してコンビを組んで銀行を襲うことができない女性です。捕まったら、あーでもないこーでもないと訊かれていないことまで喋っちゃいそうです。とってもデンジャラシーな女だぜ。でも、彼女は若い頃からいろんな人を見てきました。苦しい思いも貧しい生活も経験しました。その結果、いい出会いは自分がよくないとできないと思いました。
第18号 〜田村幸樹さん
【震災に生きた鞄職人】 2007年1月18日取材 (兵庫県神戸市)
とっても感動的に書きましたが、普段はコスプレ野郎です。本当に困った人だ。でも今、生きているからこそコスプレができるんです!それ、いいことなのか?あの多くの犠牲者を出した阪神大震災に遭いました。でも、その1年前に事業が思うようにいかずに死のうと思っていました。そして、震災が起きました。すると、死ぬ余裕なんてなくなりました!震災が自分の生きる方向を教えてくれました。
第17号 〜杉山英美さん
【いつでも夢の途中】 2006年12月24日取材 (岐阜県岐阜市)
お鍋に入れるのは白菜で私のお嫁は愚妻です。すびばせん。死ぬまでに一度使ってみたかったんです。ま、サラリーマンの妻から個人事業主の経理担当になったところでなにも変わらん。強いて言えば、忙しくなって晩ご飯のおかずが一品、減るだけだ。えぇっ!それは大変だ!ただでさえ少ないおかずなのに。。どうでもいいけどこの記事、読んでねぇだろうな。ちと不安。さぁ、働け!丙午!
第16号 〜片桐健二さん
【感謝の条件】 2006年11月18日訪問 (岐阜県羽島郡)
高校では野球部に入って一生懸命に白球を追いかけました。すると原因不明の激しい腰痛が片桐さんを襲いました。そして、高校には6年間も籍を置きました。それが片桐さんにはコンプレックスとなりました。しかし、それがあったからこそ今の自分があります。でも、感謝をする気にはなりませんでした。自分の過去に感謝ができるようになったのは、自分が楽になってからです。それが真実です。
第15号 〜ナターシャ・スタルヒンさん
【延長線上に新しい線を引き続ける】 2006年10月17日訪問 (東京都葛飾区)
延々と4時間以上も目の前で喋り続けられました。すっごいバイタリティです!伝説に残る大投手であった父・ヴィクトル・スタルヒンを5歳のときに病気を苦に自らの命を絶った母を20歳のときに失いました。でも、ナタ〜シャは頑張った!なんと健康食品を年商で7億2千万円まで売り上げました!しかし、自社ビルをお花茶屋駅前に建ててしまった。新しいことや楽しいことに今、邁進しています。
第14号 〜竹内圭子さん
【持っているのを磨けば輝き続ける】 2006年9月15日訪問 (千葉県鎌ヶ谷市)
4歳から習い始めたピアノを今でもズッと愛しています。そして、なにがあっても完全日刊でメルマガを書き続けています。それは自分自身が持っているものを磨くためです。それさえ磨けば自分を受け止めてくれる人が必ずいるからです。ノウハウは蓄積されても技術は累積されません。それにノウハウは腐蝕しても技術は磨けば輝き続けます。圭子さんは磨き続けることが、とってもお好き…。
第13号 〜伊藤貴俊さん
【ブロッコリーの花】 2006年8月25日訪問 (愛知県名古屋市)
単なる好奇心から一軒の農家へと遊びに行きました。そして、そこで伊藤さんが経験したものは、その後の伊藤さんの人生の糧となりました。まだ35歳だけど。人はそれぞれに違いがあればそれを個性だと評価をされます。しかし、野菜や果物って人間が決めた基準に当てはまらないと存在すら認めてもらえません。野菜ソムリエになった伊藤さんは、モノの本質を見抜くべきだと熱く語りました。
第12号 〜森本隆成さん
【なにものにも換え難い宝物】 2006年7月18日訪問 (岐阜県大垣市)
現状の結果に満足はしますが、その現状の中にも問題点は絶対にあります。森本さんはとにかくどれだけ順調に行っている状態であっても、必ず問題点を探し出します。そんな習慣と言うか癖です。もう治りません。で、今日までにも、数多くの困難がありました。死にたいと思ったときも2回ばかりありました。でも、問題点をすべてクリアーできました。独立当初の熱い想いがあったからです。
第11号 〜武田善貴さん
【断じて行えば、鬼神もこれを避ける】 2006年6月16日訪問 (東京都練馬区)
自分が主人公になれるオリジナルの絵本をジャパンで広めるために武田さんは会社を辞めてカナダへ飛びました。そして、退職金の600万円をほとんど使って総代理店の権利を取得するや否や事業をスタートしました。でも、売れません。だから、2年間ほど奥さんに食わせてもらいました。でも、それからはすべてが上手く行きました。そう、気づいたら手を伸ばしてチャンスを掴んでいたんです。
第10号 〜山ア祥史さん
【毎日が、最後の晩餐】 2006年5月11日訪問 (岐阜県揖斐郡)
4歳のときに母親を医療ミスで亡くして、5歳のときに父親を交通事故で亡くしたそんな山アさんは、いかなる困難に遭遇してもそれがフツーだと思っています。そう、なにがあっても今の自分がフツーです。だから、たとえ辛いことがあっても嬉しいことや悲しいことがあったとしても、それはそれで終わりです。達観です。そして言いました。「夢はカタチがないから見ない。目標が大切なんだ」ってね。
第9号 〜安藤良佳さん
【基本の繰り返しにマンネリはない】 2006年4月13日訪問 (愛知県名古屋市)
名門の藍川中学に通っていたときからとっても体が弱く、健康に関することには徹底的に勉強をした良佳さんは、結婚してからも弱かった。でも、そんな風には限りなく見えません。それから突然、ご主人が人工透析を受ける状態になって、また心臓の手術までしました。そして、実家には借金があることも分かりました。次々に不幸が襲い掛かります。でも、そのすべてはきっと人生の糧となります。
第8号 〜野口博史さん
【最初の人】 2006年3月15日訪問 (岐阜県岐阜市)
高校時代から目が合った奴とケンカばっかやっていた野口さんは、生来からの目上の人から可愛がられる性分で、多くの人から多くの意見をいただきました。だから、高校を卒業した後も、社長業をやりながらケンカばっかをしていました。ヒロシ、あなたって人は。。。そう、その嬉しい多くの意見やアドバイスの中でも、最初の人の最初の言葉は忘れられません。そう「奥さんを大切にしろ」ってね。
第7号 〜毛利弥江さん
【だれかがどこかで愛してる】 2006年2月14日訪問 (大阪府東住吉区)
他人には理解できないような経験をして、またひどい仕打ちを受けたのですが、とにかく明るい。大阪の人間ってみんなそうなのか? いや、暗い奴も知ってる。毎日のように肉親から暴力を受けた過去に喜んでまた戻れると言い放ちます。そう、トラウマどころか誇りにさえ思えるそうです。全部ひっくるめて自分だって、心からそう思ってます。そう、過去の自分を否定したら今の自分もないからね。
第6号 〜虫賀照晃さん
【世の中の平均と素顔の生き方】 2006年1月18日訪問 (愛知県西尾市)
ま、あまり褒め過ぎても調子こくのでなんですが、とっても優秀でいい奴です。何事においてもいい意味で交わらないと言うか関わりません。そんなところが、妙にいいです。だから、こっち来んかい!って言いたくなります。達観ですね。見栄も物欲もない虫賀さんは、過剰に得るものもなく、また足りないものもないそう言います。興味の対象って自分だけです。ま、BMW に乗ってるけどねぇ。
第5号 〜荒川勝仁さん
【人生の終幕は、±0】 2005年12月9日訪問 (岐阜県美濃加茂市)
年末に取材をして新年早々バシッとご紹介するのが、この人でいいのだろうか。でも、ある意味、とっても元気にしてくれます。たった今、どん底の状態ですが、無意味に明るいです。そう、北欧の白夜にナショナルの100ワットって感じです。うまいッ!今まさに、自分でも感心してます。で、15年以上付き合っていますがいい奴です。そう、私に向かって吐いた言葉通り、這い上がってみせやがれ!
第4号 〜成瀬隆彰さん
【遠い目標 〜昨日と違う、明日】 2005年11月18日訪問 (神奈川県横浜市)
今回は新幹線に乗って横浜まで取材に伺いました。そして、横浜は私の人生でたったの2回目です。以前、八景島シーパラダイスに行きました。超エリートなサラリーマン人生を捨て、小さな会社を引き継いだ成瀬さんは、独自の考え方とやり方で数年で大赤字を0にしました。それは、経営計画など決して立てない、目標は漠然と遠くに抱くもの。そんな考え方です。昨日と違う明日でOKです。
第3号 〜和田由美さん
【運命の開拓】 2005年10月19日訪問 (三重県伊勢市)
だから、岐阜から脱出して、そして、やっと女性です。三重県は伊勢市で多分、創業90年くらいだろうって思うおもちゃ屋の老舗の看板娘@和田由美さんです。だから、創業年度くらい調べておいてくれ。で、この由美さんがすっごく優秀で、ちょっと調子の悪かったお店をバシバシッと立て直しました。そう、腕っ節です。老舗に生まれた運命に逆らわず、しかし、自分だけの道を切り拓く女性です。
第2号 〜細野敦郎さん
【温情、春の如し】 2005年9月16日訪問 (岐阜県大垣市)
そう、水の都と自分たちだけが勝手に言っている大垣市で、創業74年の老舗のクリーニング店を経営している細野敦郎さんです。こんな私とは、もう十数年の付き合いになりますが、今回の取材で初めて知ったことが、たくさんありました。
ですから、思ったよりもいい奴でした。病気で亡くなったお父さんが残した言葉をしっかりと両手で受け取り、自分なりに咀嚼し、今まさに人生の糧にしています。
第1号 〜上田佳宏さん
【キーワードは、日本一!】 2005年8月10日訪問 (岐阜県岐阜市)
だから、キングサイズ専門の株式会社マンチェスの専務が上田佳宏さんです。
十数年前にアパレルでは日本で一番最初にHPを立ち上げて、たった今では、ネット販売だけで数億円です。一切、値引きなどしないし、決して売りになんて行かない。例外は、絶対にない。そんなスタンスで只今、驀進中です。そして、ネット販売に関することだけじゃなく、商売の根本的な考え方を語っています。
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