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そして、記念すべき第3回目の全国甘党@お茶会探訪を相変わらずバシッと開催しました。 だから、モーレツに暑い中、8月27日(日)に光合成をしながら激しく楽しい大阪です。 その日の朝〜昼〜晩〜宴会までの几帳面なスケジュールなら、こっちに記載してあります。
そして、長いテーブルに一人ずつ順番に座ったらレジュメとお饅頭が配られました。
肉桂餅とちぬ乃月と言う名の上品な味の和菓子でした。だから、2口で食べました。
岡田さんは今までにもテレビや雑誌等の取材をほとんど受けませんでした。でも、
同級生である田村幸樹さんの熱いオファーによって快く引き受けて下さいました。
その田村さんは左上の写真で現金を入念にチェックしているロン毛の鞄職人です。
2人は小学校のときに机を並べて勉強した仲で2人とも優秀で2人とも職人です。
岡田さんは神戸大学で会計学を学びましたが、和菓子を作るには必要ありません。
そう、成績が優秀な少年は老舗のお店を継ぐことをどう思っていたのでしょうか。
私は訊ねてみました。すると「跡を継げ!勉強をせよ!と言われ続けました」と、
岡田さんは答えてくれました。また「中学の頃からあんを炊いていたからね」と、
6代目になることを幼い頃から自覚していたかのように笑って続けて言いました。
やっぱり創業300年程もある歴史のDNAは脈々と受け継がれているようです。
そして、さすがに老舗だけあって、堺市の和菓子屋で製あん機を持っているのは、
八百源だけです。1台1500万円はする機械なのでそうは持っていないんです。
ちょっと見てやって下さい。まるで学校の先生と10年も留年した高校生のようです。
でも、どっちがどっちだってまだ言ってないから勝手に私を悪い方にするんじゃない。
だから、ご先祖様が生まれ育ったここ堺をブランドにして大切にしてお返しをしたい。
岡田さんは本当に強くそう思っています。全国的にはお引越しと言えばサカイですが、
岡田さんは“和菓子と言えば堺”にしたいんです。しかし、多くの人は京都なんです。
人を褒めているのかけなしているのか分からんような曖昧な言語を使う京都なんです。
でも、岡田さんは「茶の利休が生まれた堺の方が和菓子は盛んだったはず」と言うと、
「京都の水は軟水なのであんの甘味が抜けるけど堺は元々は海だったので硬度が高い。
なので、京都に比べるとズッと濃厚な味のあんができるんです」と笑顔で続けました。
しかし、勝った負けたの世界が嫌いな岡田さんは「京都には京都のよさがありますよ。
だから、どっちがいいか悪いかではなくそれぞれが一番です。負けて勝てですよ」と、
とっても深いお話をしていただきました。でも、28名の中で頷いたのは僕一人です。
刃物会館でのお話ときに岡田さんのモデルのような妹さんがお手伝いをしてくれました。
八百源へ移動するときに妹さんの車に乗せてもらった党員からちょっと聴いたのですが、
妹さんは「小さい頃からこの家に生まれたことが本当に嫌で嫌で仕方がなかった。でも、
今は兄から手が足りないからと言われて手伝っています。やはり離れられない運命だわ」
笑顔でそう言っていたそうです。老舗には老舗なりの人には言えない苦労があるんです。
この“肉桂餅”と言う名を継承できる人は岡田さんただ一人です。一子相伝の味は深い。
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