ミニー・リパートンのボリュームをほんの少し下げて、
毎月1日に発行するHTMLメルマガの新コンテンツを考えていた。
テレコンとBBSホットラインのお客さんに、無料で配布するHTMLメルマガだ。
脳ミソがちぎれるほど考えるふりをしていたので、
稲葉照彦からもらった豆で、熱い珈琲を入れた。
豆のまま送ってくるなよ、面倒臭いってつぶやきながら、一つ咳をした。
あらかじめ熱い湯で温めてあるウェッジウッドのティー・カップには、
珈琲はちょっと似合わない。それもそのはず、
いつもならば、午後3時のティー・タイムには、
ダージリンかアッサムをそのときの気分によって、愉しんでいる。
だが、今日の午後3時にはテレコンがある。
そう、こんな私が電話でコンサルをするのさ。
午後2時50分、約束の時間よりも早く電話が鳴った。
ふ…、せっかちな人だ、そう思いながら受話器を上げた。
相手の声を確認するまでは、決して私は喋らない。
そう、それが私のコミュニケーション・ルールなのさ。
だれがなんと言っても、そう決めたのさ。
「もしもし、カワイさんいますか?」
「…」
「もしもし、UCCさんですよね?」
「違います…」
そして、カワイさんと話をしたかったその人は、
ンもスもなく、そして謝りもせずに電話を切った。
これで、今月だけで5回目だ。
こんな私の電話番号が、UCC珈琲のそれと、すんごく近いらしい。
そして、どうやらこの地区の担当は、カワイさんらしい。
で、カワイさんには罪はない。
だからと言って、許しはしない。
珈琲を飲みながら、そう一人でブツブツと呟いているまさにそのときに、
また電話が鳴った。午後3時、ジャスト。
約束の人からだった。
毎月、第3月曜日の午後3時から50分間、こんな私を占有するこの男性は、
現在、中堅の製薬会社に勤めるサラリーマンだ。
村川誠二、36歳。役職は営業課長。理想は、島耕作らしい。
多くのサラリーマンは、漫画の世界に憧れる。だから、
あれだけマンガ喫茶が流行るのさ。
村川は、同期の中でも一番早く課長になった優秀な営業マン。
だから、別に起業をするつもりもない。
それに安易な起業は、決して私が許さない。そう、許してなるものかい。
で、サラリーマンが起業する多くの原因は、リストラでどこにも行き場がないか、
今のむしゃくしゃする現状から逃避したいだけだ。
そうだ。絶対そうに決まっている。
だって、こんな私もそうだった。男って、一度、現状が嫌になったら、
もう、どうにもならないものなのさ。
多くの場合、自分以外の周りの人が、敵かバカにしか見えなくなる。
そんなものだ。要は、自分の存在が悪い意味で、強くなり過ぎるんだ。
そして、この村川も2ヶ月前までは、たった一人悩んでいた。
2ヶ月前…、
「あの…、同期の中でも一番早く課長になったし、すごく敵が多いんですよ。
だから、疲れちゃって…。」 と心細げに始まった。
「ほう…。 で?」
電話なのに、なぜか視線を気にしながらしゃべる私。
村川は、絶対に杉山さんに叱られる。そうだそうに決まっているって思いながら、
「なにか自分でやろうかと思うんですが、いかがでしょうか?」 って、
ご迷惑相談内容ナンバー1の決まり文句を言ってきた。
そう、だからご期待に応えるように思う存分、コテンパン。
「あのねぇ、村川さんねぇ。私とは今日が初めてでしょ?
あなたが起業できるかどうかなんて、私に分かる訳がないでしょ? 」
それにいくら付き合いが長くても、分からないことってたくさんある。
だって、只今14年間連れ添い中の、そんな妻の体重も私は知らない。
決して、教えてくれないのさ。まぁ、興味もないけどね。
「そうでしょうねぇ…」と村川。
とは言っても、妻の体重のことではない。
村川が、私にコテンパンに叩かれて吐いた言葉だ。
「それにね、たとえ私があなたのビジネスのアドバイスができたとしても、
所詮、私にすれば他人事だよ」
「はぁ?」
「だってね、私は言うだけで、やるのはあなた。
だから、他人の意見なんて、話半分に聞いた方がいいですよ 」
おぉ!なんて素晴らしいことを言うんだろうと一人感心しつつ、
お客が減るとも不安に思うこんな私。
そう、アドバイスだけでなく、その人の事業を手伝って立派に成功をさせたところで、
成功したのは手伝った人で、決して当の本人ではない。
だから、きっとコバンザメになるだけさ。だから、口は出しても手は出さない。
そして、それから村川には、
“やりたいこと、やれないこと、できること、できないこと、やっちゃいけないこと”を
30分に渡り説明をした。そう、優位に立った私は、強い。
それから3日後、起業などせずに、今の会社を続けると連絡があった。
その間、マンツーマンで連絡を取り合う、村川専用の
BBSホットラインでフォローをした。
そしてその後、毎月、第3月曜日の午後3時から50分間、
こんな私の時間を占有し続けている。
今度は、一転してサラリーマンとして生き続ける方法だ。
他人より早く出世をすれば、敵も増える。それに、
製薬会社ともなると、営業よりも開発や研究者の意見が強くなる。
だから、上と下の関係だけじゃなく、右と左の横の関係も難しい。
組織の中で、どう生き続けるのかなんて、自分の立ち位置だけで決まる。
それを毎月、チェックしてるのさ。だから、私も結構、忙しいし、
それなりに当てにされているのさ。
そして今日も、大阪の彼と電話は繋がっている。
決して、UCCではない珈琲を飲みながら、
「むらさん、電話じゃなくてね、
スカイプ使ったら?」
「え? なんッすか、それ?」
「え? あぁ…」
もうこれ以上、言ってもダメだ。下手をすると、新種のスイカくらいにしか思われない。
「いや、とにかくパソコンを使って会話するので、通話料がタダなんだよ」
これ以上、翻訳しようがない日本語でそう伝えた。
「いえ、このままでいいッスよ。
これ会社の電話ですから、ぎゃはははは!」
「ハハハッ、そうだったね…」
バカかこいつと思いながらも、グッと拳を握る私がそこにいた。
「で、むらさん、今日はなにから行くかい?」
「ちょっと株で儲かる必勝法を考え出したので、PDFで売りたいんですけどぉ〜」
そして、さらに私の拳は、強く握り締められた。