朝。7時だ。二人の子どもを無理矢理に起こして味のないオートミールを食べさせる。
俺はあわただしく身支度をする。冷たい空気が身を引き締める。
そして、8時には3歳の息子を車に乗せて保育園に連れて行く。
(頼むわ〜、早くして〜な〜、遅刻するがな!)
一旦、家に帰る。
お気に入りのライムグリーンの「KAWASAKI」のライディング・ジャケットを身に纏う。
俺は愛機に跨り火を入れる。そして、職場までの鋭利な峠道のコーナーを果敢に挑む。
ふと目を前方に落とす。自分の影をみる。
コーナーリングのフォームをチェックだ。
そう、俺のHNは“Madrider”だ。決まったぜ。
「きょうも決まっとう〜な。はッ、は〜ぁッ!」
お前たちには関係のない話だが、俺の仕事は照明器具メーカーの品質管理担当だ。
しかし、人は俺のことを出張担当とそう呼んでいる。そう、主にクレーム処理と、
製品評価試験をやってんねん。
出張から帰ってきたらお客さんに報告書を書かなあかんし、
クレーム返却品に対しても調査報告書を作らなあかんのや。
ちぇッ、やってられるか。文章を書くのはとっても辛いんだ。
今日も適当に仕事を片付けて、定時には帰るんだ。そう、
6時半までに保育園にお迎えに行かなきゃいけないんだ。
この広い地球上にこの俺を待っていてくれる小さくて愛しい少年がいるんだ。
そうだ、何か自己啓発になるようなメルマガでも読まなあかんと思ったんだ。
そして、もっとちゃんとした文章が書けるようになりたいんやと感じたんだ。
そう、気づきって奴だぜ、ベイベー。
と思って俺はいろいろ探したんだよ。いいかい、マジで。
2004年、秋。ケッタイな名前のメルマガを見つけたんだ。
【砂漠に水】
「あ〜ッ、ISO14000関連の環境問題のやっちゃな」と勝手に判断したんだ。
「ま、なんかの役には立つやろな」と思い込んでバシッと読み始めたんだ。
いいかい、正直な話だ。初めはあんまりおもんなかったぜ。
今は結構、気にいっとう巻頭分もイマイチって感じやった。
まッ“完全日刊!”と言うとうけんど今まで読んどった人とおんなじで、
しばらくすると週3日になり、また、週刊になり、そして、月刊になり、
そのうちブチッと来んようになるやろと思うとった。いいかい、マジで。
それから時間は流れた。 … Drop by drop shifts the desert to oasis.
奴は毎日、そう、ぽたぽたと一滴づつ俺の乾いた心に沁み込んできやがった。
そしてとうとう俺は奴が奨めるハードなボイルドのオヤジになっちまったぜ!
今までまともに小説なんか一度も、一冊たりとも読んだこともなかったこの俺が、
今じゃ泣かせるような鳥肌が立つようなハードボイルド小説を読みあさっている。
「フィッリプ・マーロウ」「スペンサー」「サム・スペード」…。
帆立貝いや、ミルガイいや、タフガイの世界観に浸っているんだ。
そういえば珈琲もそうだ。
ガキが好きそうなミルクと砂糖がいっぱい入ったものしか飲めなかったんだ。
でもね、それが今じゃブラックだぜ!ふッ、俺もちょっとは大人になったぜ。
“If I wasn't hard,I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle,
I wouldn't deserve to be alive.”
「決して何者にも流されず、ただ淡々と生きていく!」
おこちゃまには分からないだろうが、これがハードなボイルドのオヤジのテーマだ。
これからの人生、こんな感じで生きていきたい。どれもこれも、みんな奴の影響さ。
そして、空虚しか生まない真冬の乾いた太陽が西へと傾きかけた頃、
奴の放ったリボルバーのシリンダーから漏れた火薬のニオイがした。
やはりそうか…。
俺のメールボックスに“投稿メール通知”の文字を確認した。
これからPBHLで奴とハードボイルドな会話の始まりだぜ。
「サバクよ。神戸に来たら一杯おごらせてくれ」と俺。
「ああ、いいね。それじゃ、神戸で必ず会おう」と奴。
「仕事が片付いたぜ」俺は言った。
「乾杯だ」奴は答えた。
「なににするんだ?」と俺。
「ギムレットには早過ぎるね」と横顔で奴。
まるでハードボイルド映画をみているようだぜ…。
これからもズッとどっちかがくたばっちまうまで、
こんな渋い会話が続くはずだ。いいかい、きっと。
たぶん、きっと…
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「ところでサバクよ!ピンクレディーはどっち派だ?」
「断然、ミーちゃん!中一んとき下敷き持ってたんや」
そう、こんなハードなボイルドの会話が延々と続くんだ。
いいかい、マジで。