5〜6年前にソニーのバイオを買ったのが、私のパソコン生活の始まりです。
で、そのときにたったの半日間だけワードとエクセルを教えてもらいました。
そして、今でもその半日間だけの知識でなんだかんだと無事に乗り切っています。
だから、人生にIF関数は必要ありません。それに過剰な勉強も時間の無駄です。
そして、記念すべき第12回目の砂金の人は、株式会社トゥ・ステップの森本隆成さんです。
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もうすぐ50歳になる森本さんの仕事は、
何回も聞きましたが真剣に分かりません。
だから、説明ができません。
なんとなく難しい仕事です。
こんな取材で申し訳ありません。でも、
基本的に仕事なんかどうでもいいので、
森本さんについてスポットを当てます。
とにかく最初に私にパソコンについて、
いろいろと教えてくれた軽い恩人です。
そんな軽い恩人のちょっとした人生に
バシッとスポットを当てまくりました。
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そう、今でもときどき思うんですが、ワードよりも一太郎の方が好きです。
ワードには半角の微妙なズレが多いんですが、一太郎にはそれがなかった。
だから、エクセルよりも三四郎と言いたいんですが、三四郎はまったく知りません。
5〜6年前に30万円で買ったソニーのバイオは今、単なる会計だけのツールです。
そして、いつも思い描いたことを次々とクリアーする秘話を語っていただきました。
7月18日(火)に、岐阜県大垣市の先進的なビルにある会社にお伺いをしました。

なんでも派手にやりこなす森本さんは、会社を立ち上げる前は会計事務所に勤めていました。
わずか6人の従業員の事務所に入って、3年で岐阜県では一番大きな会計事務所にしました。
とにかく数字には非常に執着を持って取り組んで売上げでも顧客数の増加件数でも1番です。
生命保険の加入件数から相続の申告件数から毎月の顧問料の引き上げ率まですべて1番です。
だから、いいことなのか?
そう、単なるやらされる仕事ではなくて、自分の中でも思いっ切り楽しんでいました。
それにお客さんからも信頼が厚く、22年経った今でも付き合っている人は多いです。
そして、3年が経ちました。その当時、ふとこんなことを思いました。
どれだけお客さんに数字上のアドバイスをしても売上げは上がらない。
そのときお客さんである美容室からお店に貼るポップを頼まれました。
そう、森本さんは高校時代は美術部だったんです。ギターも弾けます。
そして、そのポップを鏡の横に貼っただけで、高い商品が売れました。
会計事務所を辞めて自分で経営したい。そのときに本気で思いました。
28歳。会計事務所を辞めました。
仲がよかった銀行の融資担当者は、
とにかく独立したら支店長決済で、
開業資金を融資すると言いました。
しかし、会計事務所を辞めた途端、
手の平を返したように去りました。
すっげぇ寂しかったです。
で、仕方がないので国の制度の
独立開業資金を少し借りました。
なんとか1400万円です。そう、
徹底的に知恵を絞って借りました。
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本屋がやりたかった。でも、そのノウハウがないので音楽関係の仕事を目指しました。
その当時、音楽のソフト&ハードで世界一!はソニーでした。岐阜支店に行きました。
ところがだれも会ってくれません。受付の女の子にあしらわれるばっかです。しかし、
蛇の如くしつこく何回も行ったら、立ち話で主任が「実績を作れ!」って言いました。
だから、レコードのレンタルショップ店を始めました。そう、実績を作るためだけに。
そして、2年が経ちました。ソニーの所長と立ち話ではなくソファーで話をしました。
まずは代理店の下の取扱店Bからのスタートです。そして、3ヶ月でAになりました。
でも、代理店→ホームショップ→ソニーショップの序列がある限り時間が掛かります。
だから、一気にソニーショップにしてくれ!と東京のソニー本社まで駆け込みました。
10年も代理店をやらなきゃ次に上がれない規則なんてオカシイと直談判をしました。
そして、全国で最も短い期間でソニーショップになりました。また、口だけではなく、
ソニーの売上げコンテストでは全国で2位になりました。個人店としては快挙でした。

そんな森本さんでも多くのピンチがありました。レンタルショップを経営していた頃、
2店舗目を出店したのはいいけれど、毎日のようにヤクザが来て嫌がらせをしました。
お店で2人のヤクザがケンカをするだけなので、警察はまったく手が出せないんです。
結局、そのお店は閉店しました。ピークで17人いた従業員も身内だけになりました。
そして、店舗改装とか商品の仕入れで作った借金が9600万円です。約1億円です。
今までに2回だけ死のうと思いましたが、その記念すべき第1回目がこのときでした。
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しかし、死にもの狂いで365日、働きました。
借金は思ったように減りませんが、ソニーでは、
全国から注目されるお店となって、
ソニーショップの中でも最高峰の、
マスターショップに岐阜県では唯一なりました。
そう、主任の立ち話から所長のソファーになり、
本社の常務と食事をする仲にまでになりました。
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しかし、いくら売上げが上がっても借金は亀の歩行並みにしか減りません。
だって、30万円のテレビが売れても利益はせいぜい5千円です。しかも、
お客さんの自宅まで腰を痛めながら運搬して、それを設置しての金額です。
本当に会計事務所で働いていたのでしょうか。いかにも利益が低過ぎます。
38歳。岐阜県で一番大きな銀行から「貸した金を返せ」と言われました。
このときが2回目に死のうと思ったときでした。毎日、眠れませんでした。
そう、森本さんとのお付き合いは、
両手で数えたら15年前からです。
森本さんが独立したときの思いは、
お客さんの売りを立てることです。
そう、それを実現したいがために、
ショッピングモールを作りました。
明らかに後発ですが、
だからこそ考えます。
とにかく思ったら最後までやります。
ってことで、これがコムマートです。
■まずは、ゆっくりとご覧下さい→
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でも、死にませんでした。それまでにお客さんとの距離を縮めるために飲み会や、
映像のサークルとかを催していました。だから、いろんな人が助けてくれました。
絶えず新鮮さを出すために頻繁に店舗の内装を変えました。それも、真夜中です。
お金がないから友人たちと一緒に手作りで壁紙とかを一晩でキレイに変えました。
お客さんと言う垣根を越えた本当に多くの方々に助けてもらって現在があります。
だから、町の家電屋でもどんな仕事をしていても役に立ちたいと思っていました。
転機が訪れたのはその頃です。ソニーの目玉商品であるバイオに関われたんです。
だから、バイオをこれから世に出すと言うプロジェクトの一員に選出されました。
全国でも数名です。すっげぇ借金があるのに。
まだインターネットと言う言葉も知られていないようなその時代に、
ソニーでは「もうすぐIT革命が必ず起きる」と断言していました。
そう、IT革命と言うそのまんまの言葉をその時代に森本さんは耳にしたんです。
だから、町の家電屋をやめてWEB事業に乗り出そうとバシッと決意をしました。

でも、それってインサイダー情報にしか思えません。でも、株じゃないからOKです。
それからと言うものテレビの在庫を売り切ったらパソコンばっかを仕入れていました。
だから、他のソニーのお店は、なぜ岐阜で一番のお店が家電をやめるのか疑問でした。
しかし、その疑問に答えているヒマなどありません。そう、それにここは岐阜県です。
東京よりも10年はビジネスの感覚が遅れています。マッハの速攻で突き進みました。
そして、ハンディカムをパソコンにテレビの設置をHPの制作に業務を変更しました。
約1億円の借金が2000万円を切るまでになりました。その当時、真正町の国道で、
助手席の森本さんは私に言いました。「2000万円なんて借金の内に入らんね」と。
あなたね、いい大人なんだから、いい加減に懲りてくれ。
今では岐阜県が建設したどれだけ税金が投入されたか分からないような立派なビルの
ソフトピアの9階でゆったりとまったりと若い社員に囲まれながら珈琲を飲んでます。
そして、昨年の末に会計事務所から独立したときの思いを具現化しようと決めました。
一人でも多くの人のお役に立つことです。町の家電屋の頃には本当に助けられました。
だから、独立したときの思いと助けていただいたときの恩返しを成し遂げたいんです。
そして、それを叶えるために考えたのが、だれでも無料で参加できる
コムマートです。
まったく商売の経験がない専業主婦でも無料で参加ができるノーリスクな仕組みです。
1円でもいいから売りを立てるチャンスを与えたい。チャンスだけなら与えられます。
口先だけの無責任な言葉よりも1枚のポップです。
そう、あのときの美容室のポップと同じなんです。
森本さんの周りも私も周りも「なんで今さらモールなの?」と散々、言って来ました。
しかし、最初の思いと多くの方々への恩返しを成し遂げるのに季節は関係ありません。
どんなに完成された状態のものにだって必ず問題点はあるはずです。絶対にあります。
そして、それを一つ一つ確実にクリアーをすれば間違いなく改善されるはずなんです。
だから、みんなが勘違いしているのは一刻でも早くクリアーをしようとすることです。
しかし、まったく問題のないように見える部分から問題点を探し出す方が先なんです。
そして、それを全幅の信頼がおける社員と共に森本さんは今、実現している最中です。
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全幅の信頼がおけると急に振られた石田弘樹さんは、
“森本の反骨の精神を肝に銘じて頑張りまッす!”
そう言うと、さらに続けて言いました。
“私たちがこうして毎日、働くことができるのも、
みなさんのおかげです。必ずご恩は返します!”
ってね。
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