第15号 ナターシャ・スタルヒンさん(東京都) 2006年10月17日訪問
その日、私は山手線の日暮里駅で降りた。なんて田舎なんだと思いながら京成電鉄に向かった。
3つの窓口の真ん中の北大路欣也に激似の駅員に「おちゃばな駅まで大人一枚」と私は言った。

「はぁ?」と顔をしかめながら欣也が真下から私をのぞき込んだ。「どこですって?」と欣也。
「おちゃばな駅って言ってっだろ!」と私が怒鳴ると周囲が私を注目した。「あぁ〜」と呟き、

欣也は眉一つ動かさずに淡々と作業を進めて「お・は・な・ぢゃ・や」と言って切符をくれた。
私は持っていたメモを開くと「お花茶屋駅」を確認した。今年の最も恥ずかしい出来事だった。

だから、周囲の東京人には「おばちゃま駅」と聞えたらしい。もう二度とここには来ない。そして、
記念すべき第15回目の砂金の人は、ホリスティック栄養学修士のナターシャ・スタルヒンさんです。


新しいことと楽しいことでサティスファイしたいのよ〜〜〜!
ナターシャから初めてメールが来たのは、
あれはたしか1年か2年くらい前だった。

だから、まったく時期は覚えていません。
しかし、スタルヒン?ほう。。スタル…、

風邪薬かなんかの商品名か?いや、
前にどっかで聞いたことがあるな。

と悶々と考えていたことは覚えています。
だけど、すぐには思い出せませんでした。

そこで私は速攻でググりました。すると、
喉に痞えていたものが取れた気分でした。

そして、バシッとスポットを当てました。

1925年、ナターシャの祖父と祖母は一人の息子を連れてロシアから日本に亡命しました。 そして、その一人の息子が後に読売巨人軍の伝説となったヴィクトル・スタルヒン投手です。 さすがにリアルタイムでは存じておりませんでしたが、名前だけは聞いたことがありました。 しかし、すっげぇ歴史上の人物みたいな気がして、目の前の女性がその娘だとは思えません。 そして、ジャパンで成功するためにチャレンジして来た思いを延々と喋っていただきました。 10月17日(火)に、東京都葛飾区のお花茶屋商店街の近くの事務所にお伺いをしました。 どうも!無意味に笑顔です! デザイナー担当の貴重な♂です。。。 通算で303勝しました。プロ野球史上初の300勝投手です。やっぱりグレイトですねぇ。 その孫じゃなくて娘がここにいるってのが驚愕です。でも、娘は巨人も中日も分かりません。 だから、いいことなのか。 そして、それは取材の最後に私に話してくれました。どうして野球に目を向けなかったのか。 それは父親であるスタルヒン投手が40歳と言う若さで自動車事故により他界したからです。 ナターシャが5歳のときでした。花いっぱいの棺に入れられた父親がズッと瞼に焼きついて、 野球とか父親をふと思い起こさせてしまうものを遠ざけていたのかも知れないと言いました。 でも、今ではそのすべてを理解できるし向かい合うこともできるとナターシャは言いました。 するとナターシャは「日本ハムの新庄だけは分かるわよ!」と笑いながら私に自慢しました。 ナタ〜シャ、あなたって人は。。。
ホリスティック栄養学と言うのは、
メンタルなケアも含めたものです。

だから、肉体的なものだけでなく、
一人の人間を全体的にケアします。

ナターシャはなんと30年も前から、
エステなどの美容コンサルを始めて、

今ではアメリカのクレイトン大学の
通信教育で博士号を目指しています。

やたらと詳しいのはいいんですが、
私が甘いもんを食べると怒ります。

取材が終わると血を採られました。

性格が明るくて大雑把なので、どこになにがあるのか分かりませ〜〜ん!
私のDNAどころかヘモグロビンまでたっぷり含んだ血を採ったのは分析するためで、 この血液分析法と言うシステムをジャパンに最初に取り入れたのはナターシャでした。 ホリスティック栄養学と血液分析法を絡めてはいろんな角度から総合的に診断します。 それはいいんですけどもどうしてそんなに健康にこだわるのかを日本語で訊ねました。 ナターシャのお母さんは本当に苦労をしたんです。若くして最愛の夫を亡くしました。 働かざる者食うべからずと言う性格なので、朝から晩まで四六時中、働き詰めでした。 でも、そのお母さんが病気になってしまいました。いろんな病院に行っても治らない。 ナターシャは体にメスを入れる西洋医学の限界を感じて体の中から根こそぎ改善する、 東洋医学の勉強をモーレツにしました。それは16〜17歳の若い頃から始めました。 どう言う訳だか高校生のときに「あなたは失明するかも知れない」とか言われたので、 鍼とお灸の資格も取得しました。でも、失明どころか人の性格まで見抜ける視力です。 そんなナターシャにも筆舌に尽くしがたいとっても悲しい出来事が襲い掛かりました。 いやッ、恥ずかしいですぅ〜 こんなポーズでよろしいでしょうか!? それはお母さんの自殺でした。そう、働かざる者食うべからずと言う気丈な性格でした。 そんなお母さんが病気で動けないと本当に辛いと思います。ナターシャは20歳でした。 やはり西洋医学だけでは十分ではなかった。体の中から改善する東洋医学を追求したい。 そして、肉体的な面と精神的な面の両方をケアするホリスティック栄養学に邁進します。 ちょっと日本航空のスチュワーデスをしていましたが、平成元年から通販を始めました。 それは体の中から改善を促す健康食品やサプリメントの雑誌広告による通信販売でした。 売れました!平成元年からスタートした通信販売が平成2年には年商が2億1千万円で、 平成3年には4億2千万円になって平成4年にはなんと7億2千万円にまで伸びました。 商品の在庫は別の部屋にたくさんありま〜す! おぉ。。ウルトラ・ナタ〜シャ! 超、調子こいた!調子こきまくりました!そのときの社員はたったの2人でした。 ナタ〜シャを含めて2人です。1人当たりの経常利益が凄まじい金額だったので、 週刊ダイヤモンドかなんかの有名なビジネス雑誌に大々的に取り上げられました。 とっても調子こきまくりました!すると案の定、自社ビルを建てようと考えます。 まさかナタ〜シャ、あなたもなの。。 おぉ!ビンゴ!そのまさかでしたぁ! それは平成5年のことだった。お花茶屋駅前にナターシャ・スタルヒンはビルを建てた。 プロジェクトえっ〜くす!X。違うXじゃなくて本当は×(バツ)なんだよナタ〜シャ。
本当は自社ビルなど要らなかったし、
元々そんな物欲などない人間でした。

でも、銀行が貸し出すんじゃなくて、
どうしても借りてくれと言いました。

そう、奴らの常套手段です。そして、
自社ビルの建設費用が4億円でした。

骨組みができた時点で不安になって、
完成したら返す自信が消滅しました。

借金を返済せねばと頑張りましたが、
とっくにバブルははじけていました。

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銀行は真冬の十和田湖の如く冷酷で幼い頃のメンコのように表から裏へと覆りました。 要は、貸した金は返せと言う無理な要求を言ってきました。俗に言う貸しはがしです。 ナターシャはすべての財産を失いました。自社ビルは4千万円で競り落とされました。 平成14年のことでした。その前年には度重なる債権者への心労で鬱にもなりました。 そして、精神的な病気がナターシャの肉体までも蝕もうとしました。卵巣と子宮です。 2つの卵巣が7cmと8cmに肥大して子宮筋腫も大きく肥大しました。危ない状態です。 卵巣は基本的には5cmを超えたら切らなければ命に関わります。でも、ナターシャは、 自分の体にメスを入れたくなかった。お母さんのときのようにメスを入れたくはない。 だから、死んでもいいから自社の商品だけで治るかどうか試してみたいと思いました。 そして、毎日出血しながら毎日飲み続けました。すると10ヶ月後には完治しました。 自分が信じている商品に助けられたと同時にこれでイケる!と言う確信ができました。 できるだけ多くの人に日本中の悩める人にこの商品を使ってもらいたいと思いました。 そう、ナターシャは儲けたいと言うよりも貢献したい。また、新しいことをやりたい。 なにかを一から立ち上げて楽しみながら多くの人たちと共に生きて行きたい女性です。 ねぇ、なにか視線を感じない? スニッカーズと同じ感覚で食っちゃった。。。 その証拠に今までにも数多くのジャパン初!と言うものがたくさんあります。 前述の血液分析法もそうですが、26年前に原宿に『ビーチボーイ』と言う 日焼けサロンを始めたのはナタ〜シャです!またイレズミメイクも同様です。 男性専用のエステサロンもナタ〜シャです!経営は全然関係はありませんが、 ダンディハウスと言う名前を最初に使ったのはナタ〜シャ・スタルヒンです。 自社ビルを建てなかったらねぇ〜。。と思いましたが過去はすべて正解です。 ナターシャは「私は杉山さんみたいな今の延長線上じゃなくて、もっと新しいことを もっと楽しいことをやってみたいし平成4年の売上げを超えてみたい」と言いました。 まったく懲りとらん奴だ。と、私は言いたいのをグッと飲み込んで「そうだよねぇ〜、 私みたいにチマチマと進むよりバンバンと行った方がいいよねぇ」と私は俯きました。 第一、歩幅が違い過ぎる。と、私は言いたいのをグッと飲み込んだ。 ナターシャは今でも当時の借金を返済しています。いくら銀行がどうであれ、 借りたものは返すという気合です。本当にバイタリティを感じさせる人です。 午後の2時から始めて午後の6時を回りましたが、ズッと喋りっぱなしです。 本当にバイタリティを感じさせる人です。そして、ナターシャは言いました。 「なんの欲もないの。とにかく新しいことを立ち上げて楽しくやりたいだけなのよ」 そう言うと「杉山さん、血、採るわよ」と言って私を隣の部屋に連れて行きました。 紙切れの財産を失ったところで命さえあればいつでも再出発は必ずできるはずです。 今、ナターシャ・スタルヒンは新たな楽しみを見つけて大きな歩幅で進んでいます。 そして、それが多くの悩める人々に喜びを与えることとなるならば本当に幸せです。
さ、ビクビクしてないで血を採るわよ〜〜〜〜!
白衣を着て私の血を採ろうとしたナタ〜シャは、

“もっと新しくてさらに楽しいことをやりたい”
そう言うと、さらに続けて言いました。

“前に一度やったことはできて当たり前だから、
 それを超えたらもっと頑張って線を伸ばすわ”

ってね。
ホリスティック栄養学ってカロリー計算は関係ないそうです。
それは私の考え方と同じです。そう、私はカロリーではなく、

食った量が勝負です。でも、こー言うことを書くと、

「杉山さ〜〜ん!ちょい違ってるよ〜〜〜!!」と、

ナタ〜シャはまず間違いなくメールで指摘をします。
きっと「〜〜!」の部分がビブラートだと思います。

そして、ナターシャは自らの体験を元に下半身をやせるメルマガを書いています。
その名も【下半身がみるみるヤセる】と言うそのまんまの日本語のタイトルです。

私もこの商品おかげで太ももが5cmほど細くなりました。と書くと、
「杉山さ〜〜ん!ウソつかないで〜〜〜!!」と必ず来るはずです。

でも、4時間のお話が@言う間でした。思いっ切り楽しかったです。
私はスタルヒン投手のことを知りたいために3冊の本を買いました。

それも目の前のナタ〜シャに本当に素晴らしいバイタリティを感じ、
そんな娘が尊敬する立派な父親をもっと知りたいと思ったからです。

たった今、ナターシャは27冊目の本を執筆しております。
一気に全部は買えませんが少しずつ読んで健康になります。

そして、現在の私の血の状態がこちらです。

上記の取材記事の文中にチョコレート菓子のような写真がありましたが、
とっても美味しかったです。紅茶を出される前に20秒で食いましたが、

あれって12本で7300円もするのね。
知っていればもっと味わって食べるのに。

私はもう京成電鉄のお花茶屋駅のプラットホームには立てない男ですが、
今度は違ったルートで行くのでなにかカロリーが高いものをおごってね。

本当にありがとうございました。本当に嬉しかったです。

                            
              





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