第22号 安藤公一さん (岐阜県瑞穂市) 2007年05月16日取材
人は見掛けに寄らないものです。私は、見た目8割としょっちゅう言っていますが、
それとこれとではまったく意味が違う。どう違うのかよく分かりませんが違います。

今日は、そんな見た目とのギャップが徹底的に激しく、
なんでもやれば、そこそこまで行けるというお話です。

そして、記念すべき第22回目の砂金の人は、有限会社安藤興業の安藤公一さんです。

見た目よりも、やさしい男ですよ〜♪

見て下さい。怖いでしょ。

安藤さんは、34歳です。
とってもやさしい男です。

こう見えても、
どう見えます?

こう見えても13人の社員を抱える、
小さな会社を切り盛りする社長です。

ほとんど会社には居ないので、
やっと捕まえて取材しました。

そして、安藤さんの人生にスポットです。

安藤さんのお仕事は「とび」です。あの高い場所に登って作業をするお仕事です。 私は、机の上でさえも立てないほどの高所恐怖症なので、間違ってもできません。 でも、安藤さんは「僕も高所恐怖症なんですよ」と言いました。いいことなのか。 5月16日(水)に、岐阜県瑞浪市の散らかっている事務所でお話を伺いました。 自分たちで勝手に作りました! これでもキレイに整理されている方です♪ 安藤さんはね、中学を卒業すると18歳まで職を転々と変わりました。 なにをやっても長続きしません。18歳まで働くとすぐに辞めました。 それも、飽きっぽい性格というよりも、なんか温厚過ぎてダメみたい。 それだけ見た目とは違う本当にやさしい男です。でも、職は転々です。 安藤さんは「まぁ、なにをやってもダメなのかなぁ〜」と当時は、思ったそうです。 一生懸命にマジメに働く気はあるものの、どういう訳だか結果は、続かないんです。

19歳の若い安藤さんは、
外壁屋さんに勤めました。

外壁屋さんってよく分かりませんが、
おそらく外壁を売るんだと思います。

案の定、クビになりました。
そして、20歳で起業です。

安藤さんは、もう勤まらないと思い、
自分一人で外壁屋さんを始めました。

しかし、まったくのド素人でした。
なにも知らずに始めちゃいました。

リースで買った700万円の車です!
そして、やめました。お察しの通りやっぱり続きませんでした。伊勢正三でした。 だから、22歳の別れです。20歳で始めて22歳でローソクの火が消えました。 安藤さんは、徹底的に凹みました。とっても ○| ̄|_ こんな状態に陥りました。 でも、19歳のときにクビになった会社にいた元同僚からのお誘いがありました。 その元同僚は、同じく外壁屋さんをやっていました。だから、私の興味の対象は、 外壁屋さんです。一体、なにをどうやって売上げを上げているのか興味津津です。 安藤さんは、24歳のときにこの会社の中に「とび」の部門を作りました。そう、 この会社に勤めながら、時間ができるといろんな場所へ修行に行きまくりました。 日程が、ギッシリで〜す! テレビもたまにしか観れません。。。 「とび」の部門が上手く軌道に乗り始めたとき、安藤さんを一つの不幸が襲いました。 元同僚であるこの会社の社長が逝きました。26歳の安藤さんは独立を決意しました。 せっかくキツイ思いをして一から身につけた「とび」で会社を作ろうと決心しました。 今までなにも続かなかったけど、今度は一生の仕事にしようと腹の底から誓いました。
なにからなにまで、すべて1人でやってます!

だから、会社を作ろうと思いました。
名古屋で有名な占い師に会いました。

安藤さんは、社名を付けてもらいに行きました。
一生を賭ける会社の名前は、とっても大切です。

それが、安藤興業でした。。。

申し訳ないけど、私が考えた方がマシだと思う。
26歳のときに有限会社安藤興業は誕生しました。でも当然、そのときは、 岐阜といえども同業者は腐るほど存在していました。確実に後発組でした。 いい仕事は、すべて他の古くて大きな同業者が抑えていました。 このまま普通にやっていたら、いい仕事はまったく取れません。 安藤さんは、軒並み営業しまくりました。この業界では、ほとんどの同業者は、 仕事をくれる1社としか付き合いません。でも、安藤さんはすべて回りました。 その結果、今では毎月20〜30社から仕事が来ますし、売上げは絶好調です。 創業して8年が経とうとしていますが、毎年売上げは着実に伸び続けています。

元請から直の仕事も下請けからの
利幅が少ない仕事もやっています。

元請から「下請けに仕事を振ると、
いつもお前んとこがくるなぁ」と、

笑いながらよく言われるそうです。
それだけあっちこっち回りました。

不器用で小細工なんてできませんが、
とにかくこまめには営業をしました。

安藤さんは「行くだけですけど」と。

まだまだちょっと途中です→


ちょっとリキ入れて更新します!
この取材の翌日も、広島に行ったようです。売上げが順調の分、体を酷使します。 仕事の見積もりも、人員の手配も、道具の準備も、書類の作成も、会計の帳面も、 安藤さんがやっています。その上、現場に行って指示どころか作業までやります。 今は行けるところまで突っ走っりたい。それから徐々に考えたいと思っています。 13人の社員と外注を合わせると30人もいます。その人たちの人生を感じます。 安藤さんは、みんなと仲良く楽しくできればいいと照れながら小さく言いました。 高いところから見た作業場です 5万円で占い師に付けてもらいました! 最初は5人で安藤興業を始めました。その中の3人は、それぞれに独立をしました。 でも、今でも忙しいときには手伝いに来てもらいます。安藤さんは寂しがり屋です。 社員が「辞めたい」と言ったときは、1回は止めます。2回目は快く送り出します。 とにかくみんなと死ぬまで働きたい。30歳の社員の年収は、700万円以上です。 この業界の中でもダントツに素晴らしい待遇です。社長よりも社員の方が高いです。 やっぱりデンジャラスな作業なので、若い内にたくさん払うのかな?と思いました。 でも違いました。安藤さんは「社員が年を取っても楽に食って行けるようにしたい。 年を取ると現場でバカにされるので、現場を管理する仕事につかせるようにしたい」 真剣な顔で私に向かって言いました。定年じゃなくて死ぬまで一緒に居たいんです。 安藤さんは「若い頃は、なにをやっても続いたタメシがなかったけど、 こうして楽しく仕事ができるのは、みんながいるから」と言いました。 「とび」の業界も、公共事業などの建設が伸びなければ非常に苦しいです。しかし、 安藤さんは今日もそっこら中で営業しまくって着実に売上げを伸ばし続けています。
みんなと死ぬまでズッと働きたいです!
社員たちと人生や仕事を楽しみたいという安藤さんは、

“社員が多いので、もっと広い事務所が欲しいですね”
そう言うと、さらに続けて言いました。

“でも、事務所を持っても絶対に利益は生まないので、
 社員が集まりやすいような広い駐車場が欲しいです”

ってね。
私だったら「有限会社とびに水」と付けてあげます。

会社を設立するときに先ず「目的」を決めます。
「目的」とは、仕事の業務内容のことを言って、

安藤さんの場合なら「とび」や「土木作業」と言います。
でも、私が「目的は決まった?」と安藤さんに訊ねたら、

「はい、みんなのために!です」ってね。
ま、たしかに目的には違いないんだけど。

それほどマジメで本当にやさしい安藤さんですが、
なぜか若い頃はなにをやっても続きませんでした。

それは、私が思うに好きなことを選んでいたからではないでしょうか。
だから、とびは好きで始めた訳ではなくて仕方なく始めただけでした。

今でも真剣に高所恐怖症です。
ね、好きなことは続きません。

まぁ、たった今、勝手に思っただけなので、
なんの確証も保証も哀川翔もありませんが。

笑っちゃうほど寂しがり屋で心が純粋な安藤さんです。
そこらの口だけの社長に比べると雲泥の差でOKです。

打たれてのも打たれても立ち上がる姿は立派です。ちょっとのことで、
凹むバカに安藤さんの爪の垢でも煎じて大量に飲ませてやりたいです。

日本一!の「とび」を目指して驀進して下さい。

本当にありがとうございました。本当に嬉しかったです。

                            
              


       


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