朝&晩はめっきり涼しくなりましたが、真っ昼間はやっぱ暑いです。
ここんとこ岐阜という文字を見るたびに暑さが増して腹が立ちます。
だって、40度だよ。どうせ日本記録の更新をするのなら、
もっと県民が喜ぶようなことをやってもらいたいものです。
と、ブツブツ無理な注文を呟きながら私の自宅から車で15分の場所にある会社に伺いました。
そして、記念すべき第25回目の砂金の人は、日本ハイドロパック株式会社の富田信介さんです。
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とってもやさしそうな笑顔です。
でも、ちょっとだけ残念なことに、
富田さんは、コテコテの理系です。
だから、趣味にもこだわります。
川原で鰻を焼いて騒いでみたり、
クラシックギターをプロ並みに
弾いてみたり、ちょっと変です。
でも、この取材の当日のことですが、
私は、ランチをご馳走になりました。
だから富田さんは、とってもいい人です。
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富田さんのお仕事は、高圧のガス圧縮機やポンプやバルブなどの専用機材を
アメリカやドイツから輸入してジャパンの大きな会社に販売するお仕事です。
分かりやすく言うと携帯電話の中の集積回路は、高圧のプレスを使っています。
だから、理系は厄介です。自分で書いているのにとても日本語とは思えません。
8月22日(水)に、岐阜県岐阜市の手狭になった事務所でお話を伺いました。

これ以上、お仕事の説明はできません。富田さんは、名古屋大学工学部を卒業すると、
輸入機材を得意とする老舗の商社に入社しました。そのとき富田さんは24歳でした。
そうです。1年浪人して1年留年したからです。このあたりにも人のよさが伺えます。
その会社で富田さんはアメリカに駐在しました。理系なのに英語はペラペラなんです。
24〜30歳まで働きましたが、機材を売るだけの仕事に疑問を抱き、退社しました。
販売した先にアフターフォローをしたいという富田さんの提案を会社は認めなかった。
だって、それは商社だから。そう、
商社は売りさえすればいいんです。
や〜めよ!と富田さんは決心すると、
現地でコダックの面接を受けました。
そうです。アメリカだから、
英語で面接を受けたんです。
30〜32歳まで東京で働きました。
コダックの仕事は本当に面白かった。
でも、トミーは独立を決意しました。
もう機は熟しただろうと思いました。
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最初に勤めた商社を辞めるときに、いつかは独立をしようと心に決めていました。
ただ、同じ業界の仕事をすぐに始めると叩かれちゃうのでコダックに入りました。
コダックでは30歳のときに600万円の年収がありました。仕事も楽しかった。
コダックにいても上に行く自信はありました。だって、トミーは岐阜高校時代に、
5期連続も執行部役員をやっていたんです。フツーは県下屈指の進学校だったら、
みんな嫌がります。でも、トミーは違った。6期目は欠席したので外されました。
そんなことやっていたので浪人したんです。富田さんは私に対峙して言いました。
「小さな舞台でいいから主役がしたいんだ。大きな舞台じゃなくていいから」と。

いいお話の途中で本当に申し訳ありませんが、ときどき“トミー”を使うその理由は、
単なる気分転換のためです。また、私が勝手につけたので正しい愛称ではありません。
32歳のときに3人で始めました。当初、見込んでいたお客が3分の1になりました。
そんなこともあって、やっと黒字になったのが、会社を始めてから5年目の頃でした。
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5年間も赤字でも思いっ切り自信はありました。
不安の「ふ」の字もまったくありませんでした。
それは、自社の製品が日本の産業に、
絶対に必要だと信じていたからです。
住友金属に収めた第1号機の調子が悪くて、
富田さんは徹夜で一生懸命に対処しました。
そのかいもあって逆に高い評価を得ました。
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富田さんは、商売はいいキッカケさえあれば必ず上手く行くはずだと言います。
しかし、いいキッカケを呼び起こすためには多くの手を打たないといけません。
だから、打ちまくりました。理系なのに根っからの営業フェチだった富田さんは、
涼しい事務所に座っていても1円にもならないので出来る限り外へ出掛けました。
1995年には東京にも営業所を構えました。現在、社員は10名です。
毎年、社員は増えています。また、売上げの数字も順調に伸びています。
20年間、前年の売上げをクリアーしなかったことは一度もありません。
素晴らしい売上げと感動的な利益率です。富田さんは自ら分析しました。
●手形は振り出さないもらわない
●注文書(紙)がないと動かない
そう、こんな当たり前のことですが、
これを守るだけで上手く行きました。
また、あまりお願いしないことです。
日本人は、お願いすると断りません。
外国人とズッと付き合っていたので、
それがよく分かっていました。でも、
お願いするときは最後の一押しです。
あまりお願いすると重みが薄れます。
■もうちょっとしたら作り変えます→
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このページの真ん中辺りに登場している写真の女性は、B型の宇野さんです。
つい最近、お医者さんとめでたく結婚しました。7年間、勤めている彼女は
「ぶっちゃけ働かなくても食べていけるけど、ここを辞めたくないんですよ。
社長が大好きで、自宅まで遊びに行くし奥さんも大好きなんですよ」ってね。
ええ話や。私は、泣きそうになりました。すると彼女は「この間、夢を見ました。
社長から“もう来なくていい”と言われる夢です。辛かったです」と言いました。
おぅ、トミーよ。なんちゅうひどいこと言うねん!と、私は心の中で叫びました。
でも、驚くべきことに20年間で自主退社した社員は、寿退社を除いて0人です。

どうやらそこらへんに商売が上手く行くポイントがありそうです。と私はにらんだ。
富田さんは、お客さんでも社員でも抱えている問題を確実にクリアーしてあげたい。
直接的でも間接的でも自分に関わる人たちの問題を解決してあげたいと言いました。
「よしッ!分かった!(
等々力警部風)」そうです。私は、分かってしまいました。
本人はまったく気づいちゃいませんが、富田さんは、究極の人たらしだったんです。
商売は、長続きが肝心だ。だから、一時的な利益を決して追ってはいけない。
お客さんの方向性もそうだし、市場もできあがったりなくなったりするから、
こちらが合わせて変化しなければ生きて行くことは困難だ。とか言いながら、
実は、究極の人たらしでした。つまり、お客さんも社員もべったりなんです。
本当にやさしくていい人です。ランチをおごってくれたし。
富田さんは「常識は変わる。変わらないのは良識ですよ」と私に言いました。
そう、今日の常識が明日も明後日もまた同じように通用するとは限りません。
でも、健全な考え方である良識は、いつの時代でも変わることはありません。
いくら立派な機械でも、それを買うのも動かすのも間違いなく人間です。
富田さんは、持ち前の人たらしでお客さんや社員の心を鷲掴みにします。
それが、よその会社もだれもマネすることができない、富田さんの良識です。
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高圧装置供給メーカーとして日本一!を目指す富田さんは、
“同じものなんて、まず間違いなく3年間も続きませんよ”
そう言うと、さらに続けて言いました。
“世の中の常識が変わるんだから、お客さん自体も変わる。
とにかくお客さんの流れに合わせれば必ず成功しますよ”
ってね。
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