耳を澄まして「るるる〜♪」とか「ららら〜♪」とか聴こえたら幻聴です。
今すぐに加納の交差点にある浅井耳鼻咽喉科に行って診てもらって下さい。
そして、年がら年中、そんな「ら行」をボソボソと呟きながら、
のほほ〜ん♪と暮らしている女性が名古屋の片隅に存在します。
ま、本人はそれなりに一生懸命に生きているつもりらしいけど。
そして、記念すべき第26回目の砂金の人は、アロマファンの水野生惠さんです。
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どうですか?青森県の遠藤浩一さん!
とってもやさしそうに見えますよね?
ふ〜ん、
そっか。。
雪国の人ってそうやって騙されるのね。
申し訳ないけど、私の方がやさしいよ。
目を覚ますんだ!青森県人!
ま、これ以上言うと真剣に刺されるので、
詳しいお話が聴きたい方はご連絡下さい。
だから生惠さんは、とってもいい人です。
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誤解があるといけませんので最初に言っておきますが、生惠さんが冷たいのは、
私に対してだけです。どうも以前に心を踏みにじるようなことを言ったみたい。
ま、別にいいけどね。ららら〜音符いや、♪
9月13日(木)に、愛知県名古屋市の駅の構内で食事をしながらお話を伺いました。

生惠さんは、匂い付きの水を販売しています。あ、それってアロマオイルっていうの?
でも、最初はリフレクソロジー(足裏マッサージ)の資格を持っていたので、地元の
名古屋で働こうと思っていました。すると旦那の仕事の関係で金沢へと引越しました。
生惠は、るるる。。と凹みました。でも、すぐに立ち直りアロマの資格を取りました。
それは、現在もお世話になっている
イー・コンセプションの代表の福島麻紀子さんが、
金沢での代理店を募集していたからです。これを売ってみたい♪と生惠は思いました。
そして、自分1人でサイトを作ろう!
生惠さんは無謀な計画を立てました。
なぜに無謀かと言いますと、彼女は
エクセルもワードもできないんです。
つまり、PCオンチだったんです。
昔も今もいや、この先ズッとです。
その生惠さんが、たった1人きり、
ホームページビルダーと格闘です。
2003年の3月から作り始めると、
同年の7月末にはオープンしました。
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最初の年は大体、月に10万円くらい売り上げました。でも普通、最初の年から
そんなに上手くは行きません。不思議に思った私は「なんで?」と訊ねましたが、
生惠さんは「ららら〜♪」としか答えません。思うに、本人も分からないんです。
その後、アドワーズ広告を試したら、月に30〜40万円へと跳ね上がりました。
すると生惠さんは「でも、1クリックの値段が高過ぎるからすぐに止めたの」と、
サラ〜ッと言いました。オープンから1年後、彼女はメルマガを書き始めました。
その理由を彼女は「ネットショップの店主はメルマガを出すものだと本で読んで、
出しただけぇ。るるる〜♪」とダージリンをゆっくり飲み終えるとほざきました。

なんとメルマガは完全日刊でした。私の一週間前にスタートしたので、絶えず私とは、
7号分の差があり続けました。鬱陶しい奴だなと思ったことが数え切れないほどです。
しかし、1000号を迎えると発行周期を不定期に替えました。やっとスッキリした。
心からそう思いました。でも、主婦が3年以上も続けることは、とっても大変でした。
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メルマガを地味に地道に書き始めたら、
ジワ〜ッと売上げが上がり始めました。
毎日毎日、やさしく丁寧に書き綴りました。
すると本当に多くの読者が増え始めました。
生惠さんは「私はこれしかできないし〜♪」と言うと、
笑顔で「読者が1人になっても書くわ」と続けました。
私は、いかなる場合でも、読者が1人なら書きません。
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そして、2005年12月には、その月の売上げが100万円を突破しました。
彼女は「100万円と言っても、利益は本当に少ないから書かない方が…」と
涙目で懇願しましたが、私は許しません。だって、彼女が商売を始めたときに、
「いつかは100万円を超えたいわ」と思っていたことを私は知っていました。
それに、私のお客さんや知り合いの多くは、“水野生惠”を目標にしています。
だから、数字くらい言ってやらんといかんやろ!とやさしい私は思ったんです。
メルマガを書くのも、商品を仕入れるのも、お客さんにお礼メールを書くのも、
商品を梱包するのも、郵便局や佐川急便に手渡すのも、全部1人でこなします。
日刊でメルマガを書いているときは、
遊びに行く時間もありませんでした。
家事か書くか、そのどっちかでした。
一週間分のネタをストックしました。
その生活を3年以上も続けました。
水野生惠を目指す方、それできる?
生惠さんは「時給にしたらOLより
ズッと安いからねぇ〜」と言います。
でも、自分自身を前面に出しながら、
仕事をすることに意義がありました。
■100%手作りのサイトです〜♪→
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そのとき生惠は、地元の進学校である四日市高校の薄暗い教室の片隅に座っていた。
社交性のカケラもない彼女は、牛乳瓶の底のようなメガネをかけて本を読んでいた。
「この性格を絶対に変えたい!」と彼女は真剣に思った。そして、それを誓った。
高校を卒業すると地元で最も有名なジャスコへ就職した。一番苦手な職種だった。
自分の性格の中で一番ひ弱な部分を強くするために、
あえて社交性を求められるサービス業に勤めました。
すでに高校生の時分から、自分をもっと強くしたい!さらにいい人生にしたい!
そんなことを願っていました。だから、今の仕事はなるべくしてなったんです。

名古屋から引っ越した金沢でアロマの資格を取ったときもそうでした。
自宅から5分の場所にワークショップがたった1日だけ開かれました。
普段はオーストラリアにいる福島さんが、わざわざ日本に戻ってきて、
たった1日だけ開いたワークショップが、たまたま近所だったんです。
代理店の募集のお話は、随分前から知っていました。そして、ワークショップです。
生惠さんは「なんか運命を感じるわ。やった方がいいのかしら♪」と思ったんです。
自分の強い意志でやっているのではなく、
やらせていただいているという想いです。
だから、いつやめてもいい。生惠さんは「私は、ネットショップで成功したいなんて、
一度も思ったことはないし、ネットサーフィンなんかしたことがない」と言いました。
お店をやらなくてもいい日が来たら、それはそれでいいことだと思う。
個人的には、どこか田舎で小っちゃな犬と一緒にひっそり暮らしたい。
それが、生惠さんの夢です。
大きな夢を描くことが、決して素晴らしいことではありません。
ただ単に、世間の絵空事に踊らされているだけじゃないですか。
今までの人生の中で1000回、なにかを続けたことなどありませんでした。
だから、メルマガを1000日、とにかく続けてみました。なにがあっても。
やってみて分かりました。それがそんなに立派なことでもないということが。
なにかに生かされている自分こそが、本当の自分だと生惠さんは思いました。
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PCを立ち上げるとき、いつも不安で合掌する生惠さんは、
“夢よりも目の前のアロマが好きな人の方が大切なの♪”
そう言うと、さらに続けて言いました。
“同業者たちはほとんど前払い制だけど、私は違うの♪
アロマが好きな人に悪い人はいないから早く送るの♪”
ってね。
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今回は、26回目にして初めて屋外で取材をしました。
これだと気軽にできそうなのでとってもいい感じです。
サラ〜ッとお話を訊いて写真だけ撮ろうと思いました。
足らない部分は、スカイプで訊けばいいやと思ったら、
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これ、食べたい。。。るるる。。
お腹がすいたねぇ。。ららら♪
そんな我がままを言って、
お店の前から動きません。
レレレ〜♪
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「なにが食いたいのさ?」と私が訊ねると、
「エビフライ定食♪」と生惠は言いました。
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さぁ、食べよう〜っと♪
(そして、40分が経過)
「なにこれ?」と弘道。
「エビフライ」と生惠。
「お前な、まるごと1匹残すんじゃねぇ!」
「だって、こんなに食べられないもん〜♪」
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でも、その直後にケーキを食いに行ったじゃんか。
メルマガを始めた時期がほとんど同じなので、
なんとなく同級生という感じがしちゃいます。
本当は、そんなこと思ったこともないけどね。
家事と仕事を両立させて本当に立派だと思います。
私は、仕事さえやっていればそれでいいだけだし。
本当は、そんなこと一度も思ったことないけどね。
でも、私のお客さんや知り合いの多くは、
生惠さんみたいになりたい!と言います。
今年で40歳です。それを機に毛利さんに名前を改名してもらったそうです。
相手がウソをついたらウソ発見器のように動く薬指を持つ
毛利弥江さんです。
生惠さんは生かされる自分のまま、ゆったりと暮らして行くことでしょう。
本当にありがとうございました。いっぱい02疲れました。